どのみち「〇〇道」
自ら設定した目標や夢に向かって行動出来ること、それ自体は嫌味なく「素晴らしいなぁ」と素直に思う。
一方で、夢を持つことや目標設定そのものが難しいと感じている人もいると思う。
私は5歳でヴァイオリンを習い始めて音高音大に進学した。そこだけ切り取ると、あたかも「演奏家」という目標に向かって前進してきた人間のように見えるかもしれない。
だが実のところ、楽器を習い始めてから音大を卒業するまでの20年弱、明確に「演奏家になりたい」と思ったことが一度もなかった。具体的に「こういう仕事に就きたい」とか「こんな人間になりたい」という目標が持てなかった。
ご存知の通り「プロの演奏家」の免状が存在する訳ではない。
コロナ禍を経た今でこそ、演奏家の活動形態や、そこに至るまでのルートは多様化してきた感があるが、私がティーンの頃(2000年代初頭)は「演奏家を目指す」となると、そこに辿り着くまでのルートは「音高音大で優秀な成績を収め、かつ登竜門とされるコンクールに複数入賞」という、ほぼその一択だったように思う。
演奏家とは、アルゲリッチとかパールマンとか、ああいう「神様に指名された」としか思えない方々を指す言葉で、コンクールを勝ち抜いた者だけが名乗れる職種。
子供の頃、本気でそう思っていた。
私は神様に指名された人間ではない。
そして何より、人前に出ることや人と競争すること、他人と比較されることが大嫌い、ときた。
演奏家やスポーツ選手など、いわゆるパフォーマーとして成功を収めている方々が口にするような「人前でパフォーマンスを披露することに喜びを見出す」境地が、子供の私には皆無だった。
コンクールとは無縁な子供だったが、仮に親や先生からコンクール出場を勧められたとしても、イエスとは言わなかっただろう。うっかり強要でもされようものなら、私は100%ヴァイオリンを辞めていたと断言出来る。
そんな性格ゆえ「演奏家になりたい」と素直に思えなかったのは自然だったと思う。
子供時代の私をよくご存知の方は、ヴァイオリン教室の発表会に欠かすことなく出演し続けた私が「人前に出るのが嫌いだった」というのは、にわかに信じ難いかもしれない。
だが、私が発表会に出演していたのは「人前で演奏を披露出来て嬉しい」とか「誰かに自分の演奏を聴いて欲しい」という理由からではなく、何処までいっても「自己鍛錬のため」だった。「人に自分の演奏を聴いて貰えて、嬉しいと思いながら弾きなさい」という先生のアドバイスも虚しく、私には全く響かなかった。
(人前に出る機会が「発表会」のみだったから、なんやかんや辞めずに続けられたような気もする。)
いつも引き攣った表情でステージに立ち、演奏が終われば一刻も早くその場から立ち去りたいと思ってしまう。
誰かに褒められても、ニコリともしない。可愛げのなさだけは筋金入りの子供。
ここまで極端だと、そもそも私がヴァイオリンを弾き続けてこれた理由は何だったのか、疑問が残る。
偏屈者の自覚はそれなりにあるが、流石に自己鍛錬のためだけで弾き続けられない。
「ヴァイオリンや音楽が好きだったから」という答えは決して間違いではないのだが、この台詞を口にするたび「いや、お前はそんな爽やかな理由だけで、一つのことを継続出来るような真人間じゃないだろう」と心の中で突っ込みを入れる自分がいる。
かといって、これという答えも出ず、長年モヤモヤしたままだった。だが近年、指導者として子供達と接していく中、不思議と浮かび上がってきた子供時代の「自分の像」をぼうっと眺めているうちに、ふと「あぁ、こういうことか」と腑に落ちる瞬間が訪れた。
人間は、お互いをジャッジし合う。差別する(される)こともあれば、突き放す(される)こともある。残酷なほどに。
自分が誰かから、そういう残酷な扱いを受けること。
反対に「残酷だ」とも思わず、相手に対して迂闊にそのような言動をとってしまう、自分の浅はかさ。
無視出来ない、それらを目の当たりにした子供の私は「あぁ人間なんか嫌だ」とか「自分で自分が許せん!」と全身を掻きむしりたくなるような衝動に駆られた。それも二度、三度の話ではない。
だから、だ。
音楽は人と違って、目の前の誰かをジャッジしたりしない。差別することもなければ「貴方はこれを演奏するに相応しくない人間です」と突き放してくることもない。
ヴァイオリンを演奏することは難しい。ヴァイオリンに限らず「楽器」というものは、人間が演奏することを想定して作られてはいるが、演奏し易さまでは考慮されていないから。
自分が思い描いた音を、そう容易く出せるものではないけれど、だからといって楽器の方が「貴方はこれを演奏する資格はない」と拒絶してくることはない。
だから子供の私は音楽を、ヴァイオリンを続けた。「音楽に、ヴァイオリンに全幅の信頼を寄せていた」といえば聞こえは良いが、悪い意味で依存していたと思う。あの頃の私にとって、裏切らないという確信が持てるのは音楽だけだった。
他人からは異様に見えるかもしれない、潔癖過ぎる質(たち)。
ポジティブなのかネガティブなのか、判別がつかない原動力で、私は音高音大(桐朋)への進学を決めてしまった。
お互いを「この人は上手い」「あの人は下手」と冷酷なまでにジャッジ出来てしまうがゆえの、超実力至上主義社会。周りは全員ライバルで、相手を油断させたり、蹴落とすことも厭わない。
演奏の実力が、そのまま学内カーストとイコールになる。グロテスクな世界が広がる学校、それが桐朋。
教育機関を名乗ってはいるが、あそこは実質ソリスト(演奏家)養成所である。
演奏家として生きる、そのことに人生の照準を定めた人間達に囲まれた私は、言わずもがな周囲から浮きまくりだった。入った後になって、自分が最も苦手とする世界に飛び込んでしまったことに気がついた。
早い話、私はヴァイオリン弾きとして持て囃されるようなテクニックは持っていない。そこに、先述の潔癖さが災いして、自らを競争社会に順応させることが出来ず、劣等感ばかりが募った。
劣等感は、桐朋卒業後もつきまとった。クラシック業界あるいは世間一般が思い描くような「ヴァイオリニスト像」「ヴァイオリンの先生像」を演じ切れなかった。
これでも一応、足掻いたのだ。足掻きに足掻いた末、30歳手前にして「はい、降参です」と白旗を挙げた。業界の空気に自分を順応させることをスッパリ諦めた。
土俵から降りて明るみになったのは、あらゆる決定権を他人にぶん投げて、なあなあにしてきた自分の無責任さ、主体性のなさ、だった。
具体例を挙げると、私はしょっちゅう「多分〜」とか「〜かもしれない」という曖昧な言葉を連発している。ヴァイオリン講師として、堂々と生徒を導く立場のはずが、私には悪い意味で「指導者らしさ」がない。
その「らしくなさ」は、演奏においても同様だ。
私が奏でる全てのフレーズ、その語尾に毎度「?」マークがくっ付くのだ。「この曲の解釈は、ここの音色は、ここのテンポは、こんな具合でよろしかったでしょうか?」と逐一お伺いを立てる。
学生を終えた身分、先生のお伺いを立てる必要などないはずだが、どんなにさらい込んだ曲であったとしても、先生から「はい、よく出来ました」というお墨付きを貰わなければ、怖くて人前に出せない。
言葉で以て「私はこう思っています」と言い切ることや、音で以て「私はこの曲を、こう解釈しました」と言い切ること。自分の発言や演奏に対して、本当の意味で責任を持つことから逃げていたのだと思う。
かといって、逃げている自分を責めれば八方塞がりになるのは自明だった。
だから、責めるのではなく「何故私は逃げているのか、逃げようとするのか」を観察し続けた。
すると、二つの背景が見えてきた。
一つは、他者からの評価ありきで、人前に提示するもの(=言葉や演奏)を変えてしまう癖によるもの。結局のところ、言葉も演奏も他人軸で捉えてしまうから、逐一お伺いを立ててしまうのだ。
これに関しては以前別の投稿で記した通り、自分が一お客、一人間として「納得出来る」演奏(や言葉)を突き詰める(=音大基準、世間一般基準での「上手」を目指さない、あくまでも自分軸で評価する)実践から、一定の手応えを得られた。
そしてもう一つの背景。こちらは、ここ最近になってようやく見えてきた。
逃げるという行為、それは私なりのささやかな「抵抗運動」だったのだ、と。
誤解を恐れずに書くと、私は子供の頃からずっと怒っている。
第三者が、短絡的な文脈で私自身を、あるいは私にとって大切な誰かや音楽を「貴方は(〇〇さんは、□□は)△△ですね」と勝手にジャッジしたり、差別してくること。
そういう事象に対して、どうにも怒りがわき上がってしまう。
だって人間も音楽も、そんなに単純じゃない。もっと複雑で、多面的で。私達が目にしているのは、それらのほんの一面に過ぎないのに、どうしてそんな雑な言葉で一括りにまとめたり、解釈してくるの?
私はそんな風に人や物事を決めつけたくないし、誰かに自分を定義されたくない。
アンチテーゼとして、私は「言い切る」ことから逃げ続けていたのだ。
逃げるという行為は、消極的なように見えて、実は「怒り」という可燃性の高い感情に突き動かされた結果だった。
「怒りを外に出して、周りに茶化されるのは嫌だな」という思いが絡み、怒りを押し殺してきたから、表面化しなかっただけで。
そうか。私は怒っていて、抵抗していたのか。
その自覚と共に、前述した10代の頃の「音楽は、ヴァイオリンは人間を差別しない、突き放さない」という強烈な思いが、ふつふつとよみがえってきた。
音楽にしか、縋るものがなかったあの当時。
気持ちは強かったが、強さの分、固くてしなりがなくて、外からちょっと力が加わっただけで、ボキッと折れてしまいそうなくらい、脆かった。
脆いと分かっていても、他に縋るものがなかった。
そんな過去の自分に、無性に声をかけてあげたくなった。
─本当は言葉が欲しかったんだよね。寄り添って欲しかったんだよね。
あなたはどう足掻いても王道は歩けない。
けれども、音楽界に限らず、あなたと同じように王道を歩けず、うずくまっている人は他にもいる。
道からはじき出されて、非難されたり、あたかもそこにいない(存在しない)かのように扱われる人間の気持ち。
そういう人達の気持ち全てを理解している…なんて言ったら、あなたは怒るよね。そういう傲慢さを、あなたは何よりも嫌っているから。
それでもさ。道からはじき出されて心に傷を負った経験があるからこそ、そういう人達に思いを馳せて、無性に腹を立ててしまう。
だったらなおのこと、あなたはもう気づいているんじゃない?
はじき出されたり、いないことにされた人達に届けられる「音楽」があることを。
そして音楽が、時として言葉以上に強烈なエネルギーでもって、誰かの人生を変えてしまうことを。
そういう音楽は、今あなたの頭をもたげている「正確な音程で弾く」とか「先生に認められる演奏」とは全くの別物だよ。─
そう声をかけて、初めて私の中に、本気でやってみたいことが芽生えた。
昨今の演奏会ではほとんど日の目を見ることのない作曲家、作品達。その中で、自分が心から素晴らしいと思える作曲家、作品を演奏し、聴き手に紹介したい。
この世を去った作曲家達、そして作曲家が残していった作品達の「声を汲み取る」という作業は、経済を大きく動かすとか、そういう意味での需要は低い。
けれども、他者からあたかもそこに存在しないかのように扱われたり、「道からはじき出されてしまった」と感じながら今を生きている人達に、歴史の中で忘れ去られてしまった作曲家、作品が発するメッセージは、深く刺さるはず。
大きくはないが、需要は確実にある。
私には、そう言い切れるだけの確信があった。あれだけ「言い切る」ことから延々と逃げ続けてきたにもかかわらず、この取り組みだけは演奏する私自身の自己満足で終わらない、終わらせない、と強く思えた。
私の「確信」に共鳴して下さる共演者の方々のおかげで、私は埋もれた作曲家や作品を掘り起こし、演奏会で取り上げる活動を少しずつ始めた。
当たり前だが、プログラムには学生時代全く勉強したことがない、何なら聴いたことすらなかった作曲家、曲目が並ぶ。
レッスンで先生のお墨付きを貰わなければ、どの曲も怖くて人前に出せなかったあの「恐怖」が顔を出しそうなものだが、それは不思議と消えていた。
そして、録音や録画で自身の演奏を振り返れば、勿論課題は沢山見つかるものの、怯えながら、お伺いを立てながら演奏するかつての私は、もうそこにはいなかった。
「あなたも私もこのまんま、ここに存在していいんだよ」と肯定してくれる存在、それが音楽なのだと思う。
誰かに褒められるでもなく、コンクールで賞を獲得するでもなく。
四半世紀以上ヴァイオリンを弾き続け、30歳を過ぎた私は、ようやく「自分の手で、一つの作品を奏でた」という実感を持てた。実感して初めて、私が渇望していたのはこれだったんだ、と気がついた。
自分が望むやり方や生き方が、王道から外れていたり、他人から「ちっぽけな生き方だな」と笑われるようなものであったとしても。
自分自身が納得出来て、かつ他人の自由や尊厳を奪うものでなければ、それで良いと思う。
私にとっての「やりたいこと」は、過去の自分と向き合い、「私」を主語に、今自分が何を感じ、何を思っているのか問い続けた先にあった。
過去の出来事や記憶に溺れたり、囚われるのではなく、客観的に観察する(記憶は、自分にとって都合の良い方に改ざんされることが往々にしてあるため、「客観的に」というのが、なかなか難しくもあるのだが)。
端から見れば一見後ろ向きに見えるこの「観察」が前を向くために必要だったんだな、と思う。
過ぎ去ったことは変えられずとも、過去の選択を「失敗だった、間違いだった」と断じるのではなく、今これから「正解」にしていくことは出来るはず。
また、生まれて初めて自分の中に湧いた確信を頼りに進んでみたことで、「私」を主語にして生きるということは、案外胆力が要るものだな、とも思った。
他人を主語にして生きる方が、瞬間的には楽なのだ。人間だもの、どうしたって楽な方に流される。
だが、楽をしたその直ぐ先に地獄があることを、20年近くもかけて痛いほど思い知らされたのだ。
「いや〜私、究極の面倒くさがり屋なんだよな」などと抜かしていないで、なんとか自分の尻を叩きながら、時にはおだてながら、「私」を主語に生きていきたいと思う。
王道から逸れた道を歩めば、思わぬ方向から石を投げつけられることもある。勿論、王道は王道で、その道を歩む者にしか分からない苦悩もあるはず。
そう、どのみち「地獄道」なのだ。人の数だけ地獄があって、地獄に上も下も存在しない。
同じ地獄をゆくのであれば、他人の顔色を伺って自分の意志に反する道を進んだり、誰かに「お前はこの道を行け」と命令された道を進む「地獄道」よりも、自ら選んだ「地獄道」をゆきたいな、と思う。
疲れて前を向けない時、ふと横を向くと、隣には同じ道をゆく同志がいたりする。
「いやーさっき、私も石を投げつけられてさ。イテテテ…」となどとお互いこぼし合い、笑いながら歩く地獄道を、私は思いのほか楽しんでいる。
「感謝」と「自分に出来ていること」は、混ぜるな危険
「今の私があるのは、周りの人達のおかげです」
過去、様々なシーンで口にしてきた感謝の言葉。自分一人の力だけでここまでこれなかったのは事実だし、言葉そのものに害などないが、私の心の中に住む「もう一人の私」は痛いところをついてきた。
「私、周りの人達に対して本当に感謝してる?」
私達は、幼少期から事あるごとに「人に感謝しなさい」と大人から教え込まれる。「ありがとう」という言葉を発する、いわば形から入って、そこから徐々に「相手に感謝する」とはどういう感情なのか、を知っていくような気がする。言葉を発する行為を繰り返していくうち、言葉に真の意味での「感謝」の感情がのっかるようになるのだと思う。
(生まれて初めて「ありがとう」という言葉を発した瞬間から、感謝の感情を100%理解している人は、多分いない。)
歳を重ねるにつれ、有り難いなぁ、この感謝の思いを相手に伝えたいなぁ、というシーンは増えていくのに、それを表現する日本語は「ありがとう」「感謝します」「おかげさまで」の三つくらいしかない。
感謝の意を示す語彙が、他にもあれば良いのに。
「ありがとう」や「感謝します」「おかげさまで」は使い勝手が良いからなのか、はたまた使用頻度が高いからなのか、自ら発するこれらの言葉に「ちゃんと感謝の感情がのっている」確信が持てない瞬間があり、その度に後ろめたい気持ちになる。
人に何かしてもらったら、ただ素直に「ありがとう」と言えば良いではないか、と思う方もいらっしゃるかもしれない。感情の在り処を考えずに感謝の言葉を口にする行為から「徳を積んで、周囲から良い人と思われたい」という胡散臭さを感じる私は、相当捻くれている。
ただ捻くれ者を自称する私でも、「ありがとう」と口にする行為が、人間関係や仕事を滞りなく進める潤滑油になっているのは否めない。
そう認めつつ、素直に「ありがとう」と言うのを躊躇ってしまう、何なら罪悪感すら覚えてしまう瞬間が「演奏を褒められた時」だったりする。
桐朋にいた頃は「先生のご指導のおかげです」とか「家族のサポートのおかげです」「有り難いことに、周りの人や環境に恵まれていて」といった返答をすることが多かった。
これらの言葉も、感謝の言葉には違いないが「ありがとう」だけはどうしても言えなかった。
演奏を褒められて「ありがとう」と言ってしまうと、演奏という一つの成果を、まるで自分の手柄のようにひけらかしているような気がして、恥ずかしさを覚えた。
しかも、他の演奏家が誰かに褒められて「ありがとう」と言っているのを目撃しても何とも思わないのに、私自身が褒められて「ありがとう」と言うのは許されない、許してはならない、という謎ルールを自分に課していたことに、最近気がついた。
だからといって謎ルールは完全撤廃、「おかげさまで」から「ありがとう」へ、簡単にシフトチェンジ出来るはずもなく。
だって現実問題、自力で演奏のプロになるのは、ほぼ不可能だもの。
現役の音高音大生や卒業生、及びそういった人を家族に持つ人なら、その真意をご理解頂けるだろう。
家族をはじめとする周囲の理解やサポート、金銭的援助、優れた指導者による的確な導き。
どれか一つでも欠けてしまうと、プロとしてのスタートラインに立つことすら危うくなる。
本人にどれだけ音楽を学びたい意志や情熱があったとしても、周囲の理解が得られなかったり、はたまた指導者との出会いに恵まれず、その道が閉ざされた人を、これまで何人も見てきた。
だからこそ「私の置かれた環境は恵まれていて、決して当たり前ではない。応援してくれる方やサポートして下さる方、導いて下さる先生方のおかげで今の自分があるんだ」と自ら言い聞かせてきたし、周囲からも「貴方は恵まれている」と言われてきた。
私は恵まれている。有り難いことに違いないが、そう思えば思うほど「周りの支えがないと、私は何も出来ないんだな。私一人で成し遂げたことなんて何もないな」という無力感に襲われた。
譜面を読みつつ、楽器を手にああだこうだと試行錯誤を繰り返すのが私の日常だが、大多数の音高、音大卒の方々と同じく、自分の力だけで読譜力や楽器の扱い方を習得した訳ではない。
音楽に限らず話を広げれば「ご飯を食べる」「服を着る」といった、無意識のうちに行っている日常動作(それらをどうやって身に付けたのか、全く覚えていないような行動の数々)も、自分一人の力だけでは出来るようにならず、その実現には周りの大人の指導や働きかけが必要不可欠である。
無力だから、自分の演奏なり言動なりを褒められた時、とてつもない罪悪感に襲われた。
だって何一つ、私自身の成果でも何でもないのに。褒められるようなこと、何もしていないのに。
いや待てよ、「周りのおかげなんです」の言葉も、自分の成果をひけらかしていると思われたくないがゆえに発しているのだとしたら?
それって「おかげさま」を「褒められて居たたまれなくなった時の隠れ蓑にしている」ことになるんじゃないの?それって人としてどうなの?相手に失礼なんじゃないの?…と、ここまでくると、一度発動させた「自分警察」を止めるのが難しくなってくる。
一体全体、私は自分自身の何がそんなに許せないのか、何をそんなに厳しく取り締まろうとしているのか。紐解いて見えてきたのは、いつからか心の中を占拠していた恐怖の感情だった。
私は、他人に「この人、傲慢だな」と思われるのを過度に怖がっていた。
他の誰かが「日々努力してここまで来ました」と発言しているのを見聞きして、「うわーこの人、傲ってるな」とか「自分一人で、ここまで来れた訳がなかろう」とは思わない。
けれども、自分が同じ台詞を口にするのは、傲っているような気がした。それを許してはならない、と強く思ってしまった。
だって「それ、貴方の傲りだよ」なんて指摘してくれるような、本気でこちらのことを思ってくれるような他人は早々いないもの。大人になればなるほど、そういう人はますます周囲からいなくなる。
他人が指摘してくれないからこそ、自身の目を光らせて、心の中を監視しなければ。そんな意識を強く働かせ過ぎていたらしい。
自分が身に付けてきたこと、出来るようになったことを視界に入れないように、自分自身を仕向けていたというべきか。
視界に入っていない状況では、今現在自分が出来ていることを、客観性をもって自己評価するなんて、出来やしない。
その証拠に、ニ、三年ほど前までの私は、紙やスマホのメモ帳に「自分に出来ること」を書き出そうと思っても、何も書けなかった。全く、何一つ思い浮かばなかった。
「え、貴方、普通にヴァイオリン弾いているじゃない」とか「生徒にヴァイオリン教えているじゃん」という突っ込みは、正しい。
私がヴァイオリンの演奏や指導を「自分に出来ること」としてカウント出来なかったのは「人の力を借りて出来るようになったことを、出来ていることの中にカウントしてはいけない」、プラス「私だけではなく、他の人も普通に出来ていることはカウントしてはいけない」という、これまた奇妙なルールで自らを縛っていたから。
褒められた時に「ありがとう」と言ってはならない謎ルールの根源は、ここにあった。
他人から「傲ってる」と思われたくない。
待てよ、その他人って一体誰?
「他人に〇〇と思われたくない」と思う時の「他人」は大概実際の他人ではなく、私の妄想が作り出した人物だ。
そう悟った時、私はこれまで自分を縛っていた謎ルールやら奇妙なルールやらを、エイヤァ、とぶん投げた。ぶん投げて「私は呼吸が出来ます」レベルから、自分が出来ることを一つ一つ書き出した。
紙に書き出して、客観的に眺めて。そこで初めて気がついた。
他人への感謝は大切だし、忘れたくないけれど、「感謝」と「自分に出来ること、出来るようになったこと」は分けて、それぞれ別の箱に収納する必要があるんだ、と。
この二つをくっつけて一緒くたにしてしまうと、自分が既に出来ていること、努力してきたことを正しく認める力を奪ってしまう恐れがある。
私は極端な人間だと思う。その自覚は大いにあるから、自分が踏んだプロセスが万人に応用出来るとは思わない(というか、自分の経験が大多数のテンプレートになるという考え方自体が烏滸がましい)。
だが程度の差こそあれど「いやいや、私なんて」と過剰に謙遜し過ぎて、自分自身を認められなくなる、というのは、さして珍しい光景ではない気がするのだ。
「感謝」と「自分に出来ていること」は、混ぜるな危険。
最後に、私が某インタビュー記事で出会った素敵な言葉を引用、紹介して、この記事を締めくくりたいと思う。
「『人に恵まれてるね』って言葉はあんまり好きじゃなくて。人をつなぎとめたのは、その人の努力でしょ?って思う」
「正しく感謝して、正しく自分の努力を認めてあげられることが、大事なんじゃないかなと」
100%自分が負ける後出しジャンケンは、気遣いではない。
自分の苦手なものや人、「どう足搔いても、この環境に自分を適応させるのは無理だ」という場所を直感で判断し、極力そこから離れる、という処世術が私を守ってくれた、ということは前回の投稿で記した通り。
ただ、それは「自ら願い、努力して獲得した」というよりは「身につけざるを得なかった」スキル、と捉えている。
同時に「使わずに済むのであれば、それに越したことはないな」とも思う。
なぜなら(親や学校の保護下から逃げられない10代ならいざ知らず、)大人であれば「自分の苦手なものを察知して、そこから逃げる」よりももっと手前、つまり最初からそれらをなるべく寄せ付けないように、マインド設定を変更出来るから。
現在30代の私は、20代の時点で「マインド設定の変更」という選択肢がちゃんと存在していたはずなのに、「諦めグセ」という名の泥の中で「私はここから一生出られない」と頑なに思い込み、泥からの脱出どころか正反対の方向、泥の奥深くまで根を張りめぐらせる方向に突き進んでしまった。
より具体的に言うと、自分の苦手なものを嗅ぎ分ける嗅覚は、他者が苦手だと感じているもの、嫌いなもの(こと、人)も敏感に嗅ぎ取ることまで覚えてしまった。
相手にとっての「苦手」や「嫌い」という「地雷」を踏み抜く前に「ここに地雷が埋まっているぞ」と察知出来れば、お互いに怪我をせずに済む。地雷を踏み抜かないことを、コミュニケーションの最優先事項として掲げていたのだ(無意識のうちに)。
こういうコミュニケーション術は「気遣いが出来る」「相手の気持ちを汲んでいる」「共感力が高い」などと評されることもあるが、それに惑わされて誰彼構わず発揮させるのは、かなり危険だ。
この世に「良いものだと勘違いされやすいスキル選手権」もしくは「使いすぎ注意なスキル選手権」なるものがあったら、確実に表彰台に乗るのではなかろうか。良さげなスキルに見えるからこそ、たちが悪い。
その場限りで関係が終わることが最初から分かりきっている相手とのコミュニケーションであれば、害はないのだろう。
けれども「相手と対等な関係を築いていきたい」とか「健全な信頼関係を築きたい」「長く関係を続けていきたい」と望んでいるのならば、あまり良い手とは言えない。
あろうことか、私がこの「良くない手」を最も炸裂させていた相手は、音高音大時代に師事していた先生である。
良好な師弟関係を築くために、音高生や音大生は当たり前のようにこの手を駆使している、と思い込んでいた過去の自分を殴ってやりたい。
私は「先生が嫌いだと思っている(あるいは苦手だと感じている)音や弾き方、さらには嫌いな人のタイプまでを、それとなく察知して回避する(=自分に内在する、先生が嫌いなキャラクターを外に出さない)」能力だけは、桐朋の中で頭抜けていたかもしれない。
特殊能力でも何でもなく、物心がつく前に身につけた「相手の地雷を回避する」能力を、レッスンの場でも発揮させていた、というただそれだけの話なのだが、全くもって自慢にならないし、本当に笑えない。
むしろ、クリエイティビティが求められるはずの場所でこんなスキルを発揮させたとて、当然のことながら何の成果も生み出さない。
勿論、長く一人の先生に師事していれば、多少なりともその先生の傾向は誰にだって見えてくる。
ただ私の場合は、先生に師事して間もない頃から、先生の「嫌い」や「苦手」を(師事歴が浅いわりには)他の生徒よりやたら敏感にキャッチしていたように思う。
先生は嫌いな音や苦手な弾き方、嫌だと思う人のことを、はっきりと「それは嫌いだ」「嫌だ」「苦手だ」と表明する人ではあったが、私は先生が表明する手前の時点で「こういう弾き方は、絶対先生が嫌がるはず」「こういう言動は慎んだ方が良さそう」などと逐一予測を立てて行動に移していた。
レッスン中、先生は何度も楽器を手にとって手本を示して下さる人だった。「私の真似をしても、貴方の音は貴方の音のまま。絶対にコピーにはならないから、とにかく真似しなさい」とおっしゃるその言葉に、生徒の私は何の疑いも持たなかった。
疑うどころか、先生が手本を示す前に、こちらが先生の弾き方を予測して、その通り弾くことが出来れば、地雷を踏み抜く確率を下げられるぞ…といった具合で、ますます地雷回避に注力していった。
先生が私に「貴方のレッスンはストレスが少なくて助かる」という趣旨の発言を何度もしていたのが、今でも記憶に残っている。
演奏の地力に自信が持てなかった私は、そのように言われれば言われるほど「先生にとってなるべくストレスを与えない存在であり続ける」ことでもって、自分の存在価値を示していくしかない、という思いが増していった。
その価値がなくなれば、私は破門されて行き場を失ってしまう。私は先生を喜ばせるような術を何も持っていない。練習の最中も、頭の中は常に「この指遣いは、このビブラートは、このボーイングは、先生の気分を害さないだろうか」という思考でいっぱいだった。
先生が考える「レッスンの在り方」と、私の思考癖が絡み合って形成された師弟関係は、歪んでいて脆かった。
社会人になっても、先生に対する私の思いは学生時代と何ら変わらなかったし、以前と同じスタンスを維持していたつもりだった。それが、気がつけばレッスンに行くどころか、先生のメールに返信しようとするだけで、スマホを持つ手が震え、吐き気や目眩を催すようになった。
私は先生から離れた。
離れてしばらく経って、ようやく気がついた。
相手の地雷を察知して避ける行為は、相手のことを慮っているように見えて、その実まるで違うのだ、と。
先生と私の関係でいえば、私は先生に対して、後出しジャンケンをひたすら繰り返していた。それも、100%私が負けるジャンケンを永遠に。
先生の顔色を伺い、先生を立てて、ひたすら自分を下げて。自分の腹の中、本当に思っていることは絶対に言わない。
このような態度は、謙遜とは呼ばない。配慮とも、ましてや思い遣りとも呼ばない。
「私、先生とは対等の関係ではいられません」「私は先生を信頼していません」と表明しているも同然である。これを失礼と呼ばずして何と呼ぶのだろう。
学生時代の私が、演奏の地力に自信が持てなかったことは先述した通りだが、そのことと先生との間には何の関係もない。そう割り切っていれば、ここまで師弟関係が歪む事態は避けられたかもしれない。
先生と距離を取ったことで、もう一つ気がついたのは、地雷察知能力を過剰に発達させると、地雷が沢山埋まっている他者をどんどん引き寄せてしまう、というホラー現象。高確率で「私の地雷を良く理解してくれる、都合の良い人」として認知され、盛大に振り回されることになる。
振り回されて散々な目に遭って、ようやく私は「自分のマインド設定を変更する」というスタート地点に立てた。過去の私が「もっと早く気がつきなさいよ」と憤慨している姿が見える。
そしてこの経験は、指導の仕事に大きな影響を及ぼした。
大学卒業後、少しずつ指導の仕事を広げていった私は、今日に至るまで(正確に数えたことはないが)累計100人以上の生徒と接してきた。
その間、ずっと頭にあったのは「健全な師弟関係とは何か」という問いだった。演奏技術や音楽を生徒にどう伝えるか、ということ以上に考えた。
そんな私のことを「お前は趣味で楽しむ生徒ばかりを相手にしているから、そんな綺麗事が言えるんだ」と鼻先で笑う音大の教授もいるかもしれない。
それでも私は「生徒がプロを目指す以上、歪んだ師弟関係はやむを得ない、必要悪だ」とは絶対に言いたくなかった。言いたくないがためにひたすら考え続け、過去の自分と向き合った。
かつて生徒だった私が、必ず自分が負ける「後出しジャンケンマスター」だった、と自覚したことで見えてきたのは「先生と生徒がお互いに敬意を払い、両者ともに自尊心を持つことの大切さ」。
先生と生徒、どちらか一方の心掛けだけで、健全な関係は成立しない、と悟った。
先生としての私は、自分の自尊心が低下していないか、注意を払うようにしている。
低下してしまうと、生徒に対して例の地雷察知能力を発動させて、再び後出しジャンケンを繰り返すことになる。
いくら生徒の反応が怖いからといって、それを連発していては、持続可能かつ健やかな関係は構築出来ないよ、と。そう自ら言い聞かせている。
正直、私にとっては超絶技巧の曲を弾くよりも難しい。
もし、これを読んで下さっている貴方が現役音高生、音大生で「私も先生に対して、自分が必ず負ける後出しジャンケンをしているな」と気がついたとしたら。
後出しジャンケンマスターの称号は、明らかに不名誉な称号だから、少しずつでも手放すように努めた方が良いと思う。
仮に手放すことで、先生との関係がギクシャクしたり、はたまた先生の態度が一変するようであれば、その先生からは離れた方が良い。
「ただでさえ狭い音高、音大の世界で、そんなの怖くて出来ない」と思う人もいるかもしれない。「幼少期にお世話になった先生が紹介してくれた手前、師事している先生を変えるのは無茶だ」という人もいるだろう。その気持ち、手に取るように分かる。
だが(前回の投稿で記したことの繰り返しになってしまうけれど)、最終的に音楽家としての自分、そして自らの人生を導くのは先生ではなく、自分なのだ。
人生の舵取りを他人に任せて、何か上手くいかないことがあったとしても、他人は責任を取ってくれない。
「周りにどう思われるかな」「クラシック界の暗黙のルールだから」といった懸念は、一旦取っ払ってみよう。
先生との関係は本当に健全だろうか?レッスンという場所で自分は何を学びたいのか?
それだけをシンプルに考えて欲しい。
「今師事している先生から離れよう」という踏ん切りがついたら、新たに師事する先生を探すことになる訳だが、こういうシチュエーションで、音高や音大という環境、ネットワークの強みが貴方の味方をしてくれるはずだ。
同級生や先輩、後輩、他専攻の先生や音楽理論の先生。貴方が「この人なら信頼出来る」と思う人に相談してみてはどうだろうか。
お節介な音大卒のアラサーは、現役学生の貴方が、音楽家としての貴方の主体性を尊重してくれる先生と出会えるよう、祈っている。
「持たない者」なりの戦い方
「君は、ハイフェッツみたいに超絶技巧を猛スピードで弾いてみたいな、とは思わないのか?」
当時高校生だった私に、先生は半ば呆れたような口調で尋ねた。
(ハイフェッツは20世紀を代表する名ヴァイオリニストの一人で、超絶技巧を目にも止まらぬ速さで、しかも一糸乱れず完璧に演奏することに定評のあったヴァイオリニストだ。)
私は質問の意図が分からず、困惑しながらもこう答えたのを覚えている。
「ハイフェッツは純粋に凄いと思いますが、彼を目指したいとは思わないし、憧れもありません」
しかしこの返答、今思えばあまり正確な表現でない。
勿論、先生に嘘をついたつもりはない。逆に「私はハイフェッツのように弾きたいです」と答えていたら、それこそ大嘘だ。
桐朋で師事した先生しかり、音楽関係の先生方や桐朋の仲間からも「貴方は欲がなさ過ぎる」と指摘され続けた。「どんな演奏をしたいの?」と聞かれても答えられず、黙り込むことが多かった。
音高、音大という競争社会で、言葉にせずとも「上位の成績を取りたい」という欲望剥き出しの人達がワラワラいる中、上昇志向もなければ目標とする「演奏家像」も思い描けない。そんなことでは卒業後が危ぶまれる。そう思われても不思議ではない。
しかし私は「自分はどんな風になりたいのか?」とか「何に憧れているのか?」「何が欲しいのか?」をいくら自分に問うても、答えらしい答えが全くと言って良いほど出てこなかった。
仮にそれらしきものが出てきたとしても、他人が「〇〇を目指したい」と公言している言葉を借りて、それを口にしているような、そんな違和感があった。
そもそも欲求や願望に満ち溢れた状態とは、一体どういうものを指すのだろう。
本当の意味で貪欲になれない自分を責め、落ち込んでいた。
一区切り付けるきっかけを見出すことが出来たのは、ここ一年くらいのこと。
これまでの私は「欲が湧かない、願望がない」という一点を深く掘り続けていた。
そのやり方が間違っていた。
私は「欲が湧かない、願望がない」点を掘るのではなく、その現象が一体どんな仕組みで起こっているのか?という「構造」の方にスポットライトを当ててみることにした。内側に向かって掘り進めるのではなく、俯瞰で観察する方法に切り換えた。
ライトに照らされて見えてきたのは、自分の中では当たり前過ぎて、全く自覚のなかった思考癖だった。
私は「〇〇をしたい」とか「自分はこうなりたい」という欲望が湧くかどうか、という以前に、「私はその欲望を抱くに相応しい人間か?」という判定を、逐一自分に下していた。
誰に命令された訳でも、頼まれた訳でもなく、自ら勝手にミッションを課していたのだ。
そして、そのジャッジの結果は、大半がNO。
私なんかが、私ごときが、そんなものを欲しがるのは身の丈に合っていない。相応しくない。思い上がりだ、と決め付けてしまう。
ヴァイオリン弾きとして、ハイフェッツのような超絶技巧に憧れるか?というクエスチョンに辿り着く前に「私ごときがハイフェッツに憧れる資格など、あるはずがない!」と、こんな具合に。
本来、欲望や願望が芽吹くはずの土壌が、カチコチに踏み固められていたのだ。
振り返れば、「ハイフェッツに憧れるか?」と問われて困惑したエピソード以外にも、私は「こうなりたい」「あれがやりたい」という言葉が出てこないシーンが多かった。
例えば、先生に「弾きたい曲はないのか?」と問われても、真っ先に「私に弾ける曲なんて、あるのか?」と思ってしまい、曲名が頭の中に浮かんでこない。先生は「弾けるかどうか」ではなく、「弾きたいかどうか」を問うているのに。
仮に曲名が浮かんだとしても「未熟な私には早過ぎるのでは?」と尻込みしてしまう。
加えて、俯瞰で観察したことによって、踏み固められた土壌の奥に潜む別の感情、思考も明るみになった。
私は他人に「こいつ、調子に乗ってるな」と思われることを極端に恐れていた。
身のほど知らずの人間だと思われるのが怖くて、ほんの一瞬「いつか〇〇ホールで弾いてみたいな」とか「△△さんと共演してみたい」という思いが芽生えても、自らさっさと刈り取っていたのだ。
音高音大は、超実力至上主義社会である。
その中で「これがやりたい」「あれを目指したい」という旗を掲げたところで、それらが達成出来ない、もしくは頓挫してしまったら。そんな妄想ばかりを繰り広げていた。
恥ずかしい、惨めな思いをするくらいなら、最初から望まない方が賢明だ。私は「諦めグセ」という名の泥に、肩までどっぷり浸かっていた。
泥の中で浮遊していた私が、社会に出て一番困惑したのは、自分とは正反対の思考を持った人、すなわち何の躊躇いもなく欲望や願望を口に出す人に、ヴァイオリンを教える仕事だった。
「あの曲が弾きたい」と言ったかと思えば「やっぱりこっちの曲が弾きたい」と言う。あるいはその生徒の実力からして、10年経っても手が届きそうもない難曲を「今度の発表会で弾きたいです」と、さらりと言ってのける。
大人子供関係なく、このような発言がポンポン出てくる生徒は、ままいる。
大変失礼なのを承知で述べると、異星人を観察しているような心持ちである。誇張ではなく「この人達、私とは住んでいる星が違う!」。何もかもが違い過ぎて、レッスン終了後は毎度グッタリ。
「そりゃ、アマチュアでヴァイオリンを楽しんでいる生徒とプロの先生では、音楽に対するマインドが最初から違うのだから、そんなの当たり前じゃないの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれない。
だがそれは違う。肝心なのはプロとアマのマインドの違いではなく、「一人間としての」マインドの違いだ。
人間としての健全さでいえば、私よりもこの生徒達の方が明らかに健全だ。自分の欲に蓋をせず、素直に従うというのは、人間的な行為の一つ。
私のことを(コロナ禍で流行した)「マスク警察」や「自粛警察」に倣って「自分警察」と形容した親友の指摘は、この上なく的確だった。
私は自分を厳しく取り締まり過ぎていた。自分警察を発動させてしまう癖(へき)は、私がこれまで過ごしてきた環境に起因している部分はあったものの、親友は「とにかく厳しい取り締まりから自分を解放してあげないと、この先どん詰まりだよ」と、丁寧に私に教えてくれた。
欲望、願望を自ら締め出すのではなく、それらを持つことを許す。自分で許可する。人生、調子に乗ってなんぼ、なのだと。
「そんなの、怖くて出来ない」と思う方もいらっしゃるかもしれない。
なにせこの社会は、自分の欲望全開で生きることを基本的に推奨しておらず、そのような人間を「自分を律することが出来ない、わがままな人」とか「傲慢」「自己中心的」と判定するような空気が蔓延している。
「調子に乗ってなんぼ」なんて、道徳の教科書に載せようものなら、真っ先に文科省から却下されそうな言葉だ。学校や社会では「調子に乗ると痛い目に遭うから、調子に乗るな」という戒めが強調されがちだ。
そのことを承知の上で言いたい。
「自分を戒め、律していかないと、社会はまわらないよ、人に迷惑をかけるよ」というお叱りは、もううんざり。聞き飽きた。
そんな戒めに従うよりも、自分が欲しいと思うものを「欲しい」と口にし、自分自身をどんどん調子に乗せて(調子を上げて)いくことの方が遥かに大切だ、とこの歳になって痛く思い知らされた。
そういった方法を選択することで、たとえ周囲から「空気の読めない人間」とジャッジされたとしても、だ。
なぜならこの二つ(欲しいと口にすることと、調子に乗ること)は、いくら他人にやって貰いたいと願っても、自分以外の人間には実現不可能だから。たとえ親や先生であったとしても。
誰かがこちらの辿り着きたい場所を察してそこまで導いてくれる、なんてことは、絶対にない。
少なくとも、私がこれまで関わってきた「欲に従順で、調子に乗っている」ように見えた生徒や人は、朗らかだった。眩し過ぎるくらい。
いくら他人に疎まれようとも、このメンタルを持っている人からすれば、そんなものは些末なこと、というかそもそも視界にすら入っていないのだろう、と。外から見て悟った。
勿論、自分が生まれ落ちる環境や属性は自身で選べず、それゆえに実現不可能な願望や目標があることは事実なので、「願えば叶う」とか、そういう安直なことは言いたくない。
ただ、どんな環境、属性で生まれたとしても、最終的には自分が本当に辿り着きたい場所は自分で見つけるしかないし、そこに自分を導くことが出来るのも、自分自身しかいない。
そうなると、これまで「欲」や「願望」で以て人生の選択肢を選び取ってこなかった私が、一体何を基準に人生を選択してきたのか、という問いが残る。
(私のような、音楽一家に生まれた訳でもない人間が、こうして曲がりなりにも音楽で生きている時点で信憑性がないぞ、と言われてしまうかもしれない。)
しかし、この答えは「欲が湧かない」現象の観察と違い、わりと早くスッと自分の中に落ちてきた。
私は、自分の欲しいものが湧いてこない代わりに、知らず知らずの内に身につけたスキルで以て人生を選び取ってきた。
そのスキルとは「自分の苦手なもの、自分を潰そうとする環境や存在から、全力で逃げ続ける」というもの。
私は、苦手なものや「ここに身を置き続けたら、自分は再起不能になる」と感じるものを嗅ぎ当てる、察知する能力が異様に発達している。つい最近まで、全く自覚のなかった能力だ。
「あ、危ないな」という直感は、歳を重ねるごとに磨かれ、特に社会に出てからはほとんど外れたことがない。
それでも直感だけで動けず、直感に反して「自分を潰しにかかってくる」人と接触してしまった、あるいはうっかりそのような環境に身を置いてしまったことに気がついた瞬間、私はその人、その場所から全力で逃げた。後ろ指をさされたり、「この裏切り者!」と罵声を浴びせられたりしても、お構いなしに。
逃げ続けた結果、辿り着いたのが今の現在地である。
こういう生き方しか出来なかった自分を、かつては恥ずかしいと思ったこともあった。
だが「自分はこの人と関わっていると、この環境に居続けると、潰されてしまう」と感じながらも「ここで逃げ出したら人に迷惑をかけてしまう、嫌われてしまう」と逃げ出すことを躊躇い、結果ペシャンコになってしまう人も世の中にはいる、という事実を知った時、「危険を察知して逃げる」能力は、決して恥じるものではなく、捨てずに大事にして良い処世術なのだ、と思った。そこでも一つ、自分を許すことが出来たのだ。
この術を大切にしつつ、今は「欲しいもの、やりたいことを自分に許可する」こと、自身を調子に乗せることに全力を注いでいる。
人間、そう簡単に変われないのは分かっている。
それでも、踏み固められた「欲」という名の土壌は今からでも改良出来て、「諦めグセ」という名の泥から「脱出する」という選択肢も、ちゃんと存在する。そこに気がつけた時点で、見える景色は確実に変わった。
自分の未来に対して怖さも抱きつつ、ほんの少しだけ、明るい未来を思い描く。それだけの体力、気力みたいなものが、自分の身体に宿りつつあるのを感じている。
適度に信じ、適度に疑う。「ブレ」は「しなり」
自分へのダメ出しが、不健康かつ持続不可能な行為で、プラスになることは何一つない、と痛く思い知らされた私は、健全さを失わずに演奏の精度を上げていく方法を模索していくことにした。
とはいえ「自身の成長は、しんどいことや嫌なことと必ずセットになっている」と強く思い込んできた私にとって、そのような方法は果たして存在するのか、半信半疑でもあった。
自分へダメ出しし続けている人、自分への疑いが晴れない人に対して処方される言葉の多くは「自分を信じよう」とか「自信を持とう」といった類の言葉だ。
あながち間違ってはいないと思う。
だが自分を過信し過ぎたり、心のどこかに傲りがあれば痛い目にあう、ということも経験済みである。
自分のダメな部分しか見えていない状態が客観性を欠いていることは前回の投稿で記した通りで、逆に自分を過信している状態も然り。
ならば自分を客観的に見つめる、俯瞰することが「演奏の精度を上げる」(自分に厳しくする、厳しくある、と言い換えられると思う)ことへの第一歩になる、という仮説を立ててみた。
次に、この仮説を具体的にどう実践するか考えてみたものの、いくら考えても私にはこの方法しか思いつかなかった。
それは「自分の演奏を録音(録画)して、聴く(見る)」という、至ってシンプルなもの。
同業者から「そんなこと、既に実践しているわ」というお叱りが聞こえてきそうだ。私にとっても特に真新しい手法でも何でもなく、これまで数え切れないほど練習や本番を録音し、聴くという作業をやってきた。
ただ単純な作業の中に、意識的に新しい行程を三つ取り入れてみた。
一つ目は、曲を部分的に切り取って演奏し、録音するということ。言い変えると、曲を全曲通して演奏し、録音することはほとんどやらなかった。
勿論、通し練習には意義がある。「曲を通す」という、本番を想定した練習が必要なのは確かだ。
だがこれまでの私は、(長期間練習した曲や一定の完成度まで到達した曲、既に複数回本番を重ねている曲などは特に)通し演奏を録音して聴き返しても、漫然とした聴き方になってしまうケースが多かった。「良くはないのだけれど、具体的にどこが悪いのか、どこから手をつければ良いか分からない」状態に陥りやすかった。
それを回避するため、全曲ではなく短く切り出して演奏、録音した。細部まで注意深く聴き取り、目を行き渡らせるために。
二つ目は、録音を聴きながら自分の演奏をジャッジすることをやめた。より正確に言うと、減点法で聴くのをやめた。
自分の課題、弱点をスルーするのではない。録音を聴いていれば、当然粗は見えてくる。そこで「はい、減点!」と赤ペンでチェックを入れるのではなく、「あぁ、粗があるな」とただ眺める。ネガティブでもポジティブでもないフラットな感情で、でも決して目を逸らさずに。
かつての私なら、録音を聴いて少しでも気に入らない点があれば直ちに再生を停止し、楽器に手を伸ばしていたところだが、その手を引っ込めて二度、三度と録音を聴き返した。
まあまあな出来のところも、これっぽっちも気に入らない箇所も、ただただ眺め続けた。
沢山弾きまくる、量をこなすことで本番への不安を打ち消そうとしていた私にとって、これが一番胆力を要する行程だったと思う。
聴いて、ただ眺める。縦と横に伸びた座標軸の中で、自分がどの位置にいるのかを俯瞰する。
三つ目は、俯瞰することで認知した自分の立ち位置から、理想の地点までの距離を計測し、その距離(ギャップ)を埋めていく行程。
どこを「理想の地点」と設定するかは、人によって異なると思うが、「理想の地点」を「一つの綻びもない、完璧な演奏」と設定してしまうと、自分にダメ出しする例の悪癖を発動させる危険性があるので、おすすめしない。
また「師事している先生が褒めてくれる」とか「客受けする」「コンクールやオーディションで審査員に評価される」と設定するのも、避けた方が良い。他人の判断基準をそのまま自分の判断基準に持ち込むと、自分の感覚が鈍化し、心のセンサーが壊れる(この辺りは、今後別の投稿で綴っていこうと思う)。
私は理想の地点を「自分が一お客として聴いていて、しっくりくるところ」と設定した。
演奏しながらしっくりくると感じる音の運びと、聴き手がしっくりくる(心地良い)と感じる音の運びは、必ずしも一致しない(人によっては一致するかもしれないが)。私の場合、両者には相当な乖離があった。
私は自分の演奏を「聴き手としてしっくりくる、心地良いと感じる音の運び」の方に近付けようとした。そのために、自分の現在地と理想の地点の間に、一度ではなく何度も定規を当てた。
何度も定規を当てる行為は、私からすると「自分を信じられない」「自分を肯定する言葉を直ぐ疑ってかかる」悪癖の「応用」だ。
定規の目盛りは正しく読めているか?そもそも定規自体が「自分」という不完全体がこさえたものなのだから、どこまでの精度なのかも怪しい。むむ、これは疑わしいぞ、と何度も測り直した。意図せず身に付けた「癖」とはいえ、ここで活用させずにいつ活用させるのだ、という思いで、その力を発揮させた。
そして計測をもとに、その距離(ギャップ)を埋めていく作業に移る。これは理想という名の絵の上にトレーシングペーパーを重ね、下から透けて見える輪郭線を鉛筆でなぞっていくような感覚だった。
ただ、ここでも完璧主義という癖の発動を防ぐため、一発で正確になぞろうとしないよう心がけた。
線がはみ出たりズレてしまったら、鉛筆の角度や筆圧を見直し、また新しいトレーシングペーパーを用意してやり直す。むしろ、この微調整の繰り返しが、これまでの行程を最終形まで持っていく鍵を握っている。
以上、三つの行程を自分に課して練習し、臨んだ本番は、残念ながら録音、録画禁止の本番だったため、演奏の精度がいかほどのものだったか、客観的に振り返ることが出来ない。
だがステージで得た感覚と、演奏が終わって袖に引き上げた時に湧き上がった感情は、これまでの本番とは明らかに違った。
誤解されそうなので先に述べておくと、ノーミスの完璧な演奏をした訳ではない。技術的なミスは複数あった。けれども、ミスした瞬間に「やってしまった!」と自分を責めることはなく「あぁ、うん」くらいの、何なら「これは必然だった」と思えるくらいの感覚で受け止めながら、演奏を進めている自分がいた。
演奏しながら、音が進んでいく方向、道がはっきり見えた。その道に一歩ずつ自分の足を着地させて、踏み締めていく実感があった。
そしてステージから引き上げた後。これまでの私なら、頭の中で大反省会ならぬ大自虐大会が開かれるのがお決まりだったが、この時は違った。ミスした箇所を全て自覚している冷静さはありながら、自罰的な感情は湧かなかった。
一つ今後の課題を挙げるとするならば「俯瞰する視点を持ちつつも、その瞬間瞬間に心を動かしながら弾く」ところなのだろう。
これはまた別の仮説を立てて実践する他なさそうだ。
ともかく実践して分かったのは、三つの行程はどれも地味で、取り組んでいる最中の達成感はほぼない、ということ。瞬時に目に見えるような、分かりやすい成果が得られる訳でもないし、もっと正直に言えば面白くなかった。
というか、自分の演奏の録音を聴くという行為そのものが愉快なものではない。
(演奏することがない、という人は、自分の喋りを録音して聞く、という行為に置き換えて想像して頂ればおおよそ間違いないと思う。録音された自分の声を聞いて「楽しい」とか「好き」という感情を抱く人は、かなり少数派と思われる。)
けれども、自分へひたすらダメ出しし続けていた時のような、首を締めていく感覚は全くなかった。しんどいとか、嫌な感情は湧かなかった。
俯瞰することで自分の立ち位置を把握し、理想までの距離を測る。
理想に辿り着くために、闇雲に練習するのではなく、微調整を繰り返す。
微調整を繰り返すさまは、傍から見ればブレッブレな人間に見えるかもしれない。
だがやってみて、私は気が付いた。
アラサーになって以降、分野を問わず私が感銘を受けた方々は、ブレない屈強な芯を持っている、自信の塊のような人間とは対極にいるような方ばかりだった。
右に行こうとしたら二歩余計に進んでしまった、左に二歩戻ろうとしたら、三歩戻ってしまった。
そんな風に、迷ったり失敗したりしながらも微調整を怠らず、主観的な視点と客観的な視点、両方の目で自分を見つめながら、進路を決めている人。芯があるとすれば、そこに「しなり」がある人。しなりがあれば、ポキっと折れることはない。
ロールモデルにしたいと思える人が、既に心の中にちゃんといたのだ、有り難いことに。
ダメ出しし続けるのは良くないが、無理に自信満々になろうとしなくても良い。この気付きに実体験が伴ったことで「これは私にも応用可能なんだ」と確認出来た。
なんだか肩の荷が一気に降りたような気がする。
適度に自分を信じ、適度に疑いながら、というのが丁度良さそうだ。
自分へダメ出しすることと、自分に厳しくすることは全くの別物
他人から言われた「貴方はダメだ」とか「貴方は終わりだ」など、否定的な言葉は重く受け止める一方で、「貴方は素晴らしい」といった褒め言葉は素直に受け取れない癖(へき)。
厄介だなぁと思う私の癖アレコレの中で、この癖は厄介度トップ5に入る。
私に対して「貴方は素晴らしい」という人よりも「貴方はダメだ」という人の方が、信用に値する人間のように思えてしまう。肯定的な言葉や、それをかけてくれる他人を疑ってしまう。
自分に向けられる否定的な言葉ばかりが真実味を帯びて聞こえるあの現象は、一体何なのだろう。
一つに私の性格が影響していることは間違いないのだが、思い返すと桐朋の同期や先輩後輩、そして桐朋以外の音高、音大出身の知人にも、私と似たような「癖」を吐露している人は一定数いたので、音高音大(クラシック業界)に根付いている風習、環境が背景にあることは無視出来ないと思う。
桐朋時代、とにかく劣等感を煽られ、練習させられた。当の本人は「やらされている」気などないのだが、今思えば「練習しなきゃ」という強迫観念にかられて弾きまくっていただけのような気もする。
真の意味で実のある練習が出来ている瞬間が、一体どれだけあっただろう?
レッスンの帰り道、道端に落ちている鼻紙を眺めつつ「あぁ私、この鼻紙より価値がないな」と思いながら、トボトボ歩く。
自尊心の欠片も残っていない高校生の私に向けて、音楽の手ほどきをして下さった先生が放った言葉は劇薬だった。
「自分の演奏に対して『上手くいったな』とか『あ、今良い音が出せたな』なんて思ってはダメ。そう思った瞬間、演奏家としての貴方は終わりだから。音楽家人生が絶たれたと思いなさい」
私は劇薬を劇薬とも思わず「これは真理だ、これが出来ない人間は音楽家失格なんだ」と思い込んでしまった。人一倍不器用な癖に、完璧主義で理想ばかりが高い10代の私は、危うかった。
劣等感が、練習する上での最高のモチベーションになる、そんな不健全な思考に何ら違和感を覚えることがない。呼吸で酸素を取り入れるかのように、自然と体内に入ってくる。率直に言って、桐朋という学校にはそういう不健全な思考が充満していたな、と卒業して8年近く経った今でも思っているが、何も桐朋だけが不健全だった訳ではないと思う。
ヨーロッパを拠点に、世界で活躍するヴァイオリニストを多数輩出したことで名高い某教師が、日本の新聞のインタビューで「演奏家は、自分の現状に満足した時点で振り出し戻ったも同然」と公言していたのを、私は今でも記憶している。
スポーツの指導現場において、コーチや監督が異口同音のフレーズを口にするシーンを、テレビで目にしたこともある。
私よりも一周り歳下の有名俳優が、自分の下積み時代に関して「私は先生に劣等感を持たせて頂いた」と語っているのを目撃した時は、目眩を覚えた。
業界問わず、蔓延している考え方のように思えてならない。
平たく言えば、現状に甘んずることなく努力し続けよ、ということなのだろう。
その点については私も異論はないが、この手の言葉や表現は、自分に厳しくすることと、自分にダメ出しすることがイコールであるかのような印象を与えかねない。
自分に対して過剰なまでにダメ出しする。他人が自分を否定する言葉ばかり真に受ける。
そういった自罰的な態度と、自分に厳しくあることは、全く別物。似て非なるものだ。
自分のダメな部分ばかり見つめ、それしか目に入っていない、という状態は客観性を欠いている。
客観性を欠いていれば、自分の立ち位置を把握出来ず、ひいては自分が目指すところ、目標地点までの距離を正確に測ることが出来ない。
正確に測定出来なければ、目標地点に辿り着けるかどうかは、行き当たりばったりになる。
自罰的になることで生じる苦しさ、キツさが「私は今、自分に厳しく出来ている、努力している」という安心感、錯覚をもたらす。
これは麻薬だ。
「こんな演奏をしたい」「こんな音を出したい」…そんな願いや目標を実現するために練習していたはずが、いつの間にか自分を安心させるための練習にすり替わってしまう。
そして麻薬による代償は大きい。自覚のないうちに自尊心がどんどん削られ、消耗するばかり。下手をすれば身体を壊すことにも繋がりかねない。
最初に「否定的な言葉ばかりが真実味を帯びて聞こえる」と書いたが、否定的な言葉と肯定的な言葉のどちらか一方が真実で、重くて、芯を食っている、などということは、ない。
否定的な言葉の方が、くらった時のダメージが大きいし、毒が強いから、そちらに引っ張られ易いけれども、「貴方は素晴らしい」も「貴方はダメだ」も、ベクトルが正反対の方向を向いているという点だけが異なっていて、他は一緒なのだ。
では、どうしたら麻薬中毒から抜け出せるのか。
否定的な言葉ばかり受け止め、信じる、という行動と逆のことをすれば良い。簡単に言ってくれるな、と思われるかもしれないが、やることは至ってシンプル。「肯定的な言葉を直ぐ疑う」という力を、あるいは「否定的な言葉ばかり信じる」力を、正反対の方向に応用してみる。即ち否定的な言葉にも疑いを向け、肯定的な言葉を信じてみる。
劇的には変わらないかもしれない。むしろ急に180度変えようとすると、反動でアレルギーを発症する可能性もあるから、あくまでも少しずつ、少しずつ。
そのようなプロセスを経て、私は中毒症状から脱出しつつある。その実感がある。
自分にダメ出ししながら頑張ることは、車のアクセルとブレーキを同時に踏む行為と何ら変わりない。それで辿り着ける場所なんて、たかが知れている。私の実体験から断言出来る。
ここまで読んで下さった方の中には、「肯定的な言葉ばかりを信じれば、自分の演奏の精度が落ちてしまう(甘くなってしまう)」ことを危惧する方がいらっしゃるかもしれない。
そう、私もそれが怖かった。何よりも怖かった。
だが最近になって、自罰的にならずに演奏の精度を上げていく、即ち「自分に厳しくする」とはどういう状態を指すのか、という長年の疑問をようやく腹落ちさせることが出来たので、次回の投稿で綴ってみたいと思う。
自らの立ち位置、属性を知る
幼少の頃から、感情を外に出すのが苦手だった。人前に出て何かするのが得意ではなかったし、好きでもなかった。
ステージに立つ度に「無味乾燥な音」とか「淡白な演奏」などと評されることもしばしば。
そういった評価を私は聞き流せなかった。なぜなら、それらがそっくりそのまま自己評価でもあったから。
録音、録画で自身の演奏を振り返れば、演奏そのものの粗は目につくものの、それ以上に「どうしてこんなつまらない演奏しか出来ないんだろう」「なんて冷たい演奏なんだ」という思いばかりが募った。
こんな演奏しか出来ないなんて、私は人間の心が無いのでは?血が通っていないのでは?と自分を責めたこともあった。
いっそのこと、毒にも薬にもならない演奏しか出来ないならヴァイオリンなんてやめてしまえ、と自身に苛立つこともあった。
音に感情がのらない原因は何なのか。
音楽高校、音楽大学に在学していた頃の私は、自らの技量不足が原因だと決めつけていた。
なにせ中学生の時点で、桐朋の高校入試の当落線にも引っかからないようなレベルだったので、周囲と比較して技量が著しく劣っていたのは言うまでもない。特に高校の頃は躍起になって音階や練習曲をさらっていたが、本当の意味で私の足を引っ張っていたのは技量不足ではなかった。
高校入学までの人生、そして入学後に経験してきたあらゆるシーン。それらを切り抜けるため、知らず知らずの内に身につけてきた処世術や考え方のクセが「感情を表に出そう」という行為を阻んでいたのだ、と気がついた。30歳を過ぎた今になって。
振り返れば、演奏者としての自己アピールを求められる度に強烈なアレルギー反応を起こしていた。まるで蕁麻疹のような。同級生に「桐朋の絶滅危惧種」と揶揄される位、私は明らかに周囲から浮いていた。
絶滅危惧種かどうかはともかく、表現することとアピールすることは全くの別物、というのが私の持論だが、学内の試験やコンクールという「いかに自分を人よりも良く見せるか、聴かせるか」という競争社会において、その持論はどこまでいっても綺麗事に過ぎない。
もっといえば、どんなに心の中で思っていたとて、外に出せなければ、無いもの、存在しないものとして扱われてしまう。
音高、音大という世界、クラシック音楽業界に漠然と漂う空気。何とか溶け込もうとしては、つまづいてばかりだった。「私はここにいてはいけないのかもしれない」と幾度となく思い、立ち去ることも何度か考えたが、踏みとどまった。
人前に出るのが好きではないと言いながら、音高音大といういわば「演奏家養成所」(と称すのはいささか乱暴だろうか?)を経て、今なおステージに立ち続けている。その時点で私の生き方は突っ込みどころ満載だ。
それでも、分かっているようで一番分からない「自分」という生き物を観察し、また信頼出来る他者からのアドバイスを咀嚼して…というのを繰り返していくうちに「この業界内で自分の居場所を、自分の手で作り出せるかもしれない」と少しずつ思えるようになった。
私の中で無意識の内に醸成された「処世術」や「考え方のクセ」は、「感情の表出を阻む」という点において矯正が必要な部分はある。
しかし、悪癖としか思えないものを、エイヤァと思い切って人前に晒してみると「それが貴方の長所」とか「活用すれば武器になる」といった予想外の反応が返ってくることもある。
他者の視点を通して自分を客観視されることで、一人で一問一答しているだけでは決して見えなかったものが見えてくるのだ。
10代や20代前半の若い時に、それも意識的ではなく無意識に染み付いたクセや習慣を取り除くのは、容易ではない。
けれどもその「クセ」、活かすも殺すも自分次第なのでは?むしろ、全て殺さなくても良いのでは?
活かし方によっては、自分の居場所を作り出す大事なツールになる可能性を秘めているのだ。
その可能性は私だけではない、これを読んで下さっている貴方にも。
これからここに綴っていく内容は、クラシック音楽だけでなく、芸事と括られる表現活動に携わる方にも当てはまる部分があるかもしれない。
恐れ多いが、私という一個人の経験が(数としてはそれこそ絶滅危惧種並みかもしれないが)似たような属性、立場にある誰かにとって、ささやかでも何か見出すきっかけになれば嬉しい。
**********